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ブログ―市史編さん草子「市史で候」最新テーマ:「気象衛星センターの桜」

更新日:2017年04月04日

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企画部市史編さん室のブログ、市史編さん草子(ぞうし)「市史で候(そうろう)」が平成26年5月30日始動!
市史編さんの進捗状況を報告するほか、清瀬市の歴史・文化・自然を随時紹介。
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三十五の巻:「気象衛星センターの桜」【平成29年3月31日更新】

「気象衛星センター」と「花」気象衛星センター位置
この二つのキーワードから、真っ先に思い浮かぶのは、やはり「ひまわり」でしょう。
しかし今、季節は春、春といえば「桜」
気象衛星センターでは毎年、たくさんの桜が美しい花を咲かせています。
今回の「市史で候」では、そんな桜の由来とともに、気象衛星センターの歴史をお伝えします。



― 大和田通信隊の分室 ―

まず、話は戦前にさかのぼります。
埼玉県新座市を中心とした敷地にあった日本海軍の大和田通信隊
その分室が清瀬の、現在の気象衛星センターの位置にありました。
『気象百年史』によれば、清瀬分室には、無線方向探知機が置かれ、電波に影響が出ないよう釘などを一切使わずに木材で組み立てられた高さ20メートルもあるやぐらが6か所に散在し、他に方探庁舎1棟と兵舎1棟が隣接して建てられていたそうです(※1)
清瀬分室の設立年代は分かりませんが、昭和16(1941)年の空中写真には、畑が広がっている中に、6つのやぐらと思われる建物などが確認できます。

昭和16年の様子昭和16年の通信所
             上部が北 今回掲載の空中写真は全てほぼ同じ範囲を写している


昭和22年の様子昭和22年の通信所

2枚目は戦後になってしまいますが、昭和22年の空中写真。
建物に変化が見られます。
何よりも目を引くのは、大きな二つの白い丸。
これも清瀬分室の施設でした(昭和18年の空中写真にも、この施設を確認することができます)。

昭和20(1945)年に第二次世界大戦が終わると、清瀬分室を含めた大和田通信隊は、その年のうちに中央気象台に移管されることが決まります。



― 気象通信所―

大和田通信隊の本隊があった場所(新座市)は、昭和21(1946)年に中央気象台の大和田臨時出張所として発足、昭和24(1949)年には大和田気象通信所と改称されました。
しかし大和田の敷地と建物をアメリカ軍の通信隊が接収することとなり、昭和25(1950)年、気象通信所は清瀬分室があった場所に移転しました(※1)。
(戦後、気象通信所が移転以前にも清瀬の敷地を利用していたのかどうかは、今後確認していきます)

このように、海軍の敷地を引き継いだ気象通信所ですが、その開所の頃、職員が清瀬の地に植えたのが100本近い桜の木だったそうです(※2)

昭和34年の様子昭和34年の通信所


― 気象衛星センター ―


時は流れ、昭和40年になると、気象衛星に関連した計画が正式に話題になりました。
気象衛星を運用するには、衛星から送られたデータを処理するための施設が必要でした。
その候補地となったのは、千代田区の気象庁、筑波、清瀬の3か所。
このうち、気象庁は新たな施設を増設するのが困難、筑波は他の施設からの距離が遠すぎる、ということで、データ処理センターは清瀬に設置することが決まりました(※3)

清瀬に決まってからも、設置までには色々な課題があったようです。
そのうちの一つが、実はでした。
先ほども述べたように、気象通信所の桜は、職員が植えた大切な桜。
データ処理センターを清瀬に設置することが決まったのが昭和48(1963)年のことですから、植えられて20年以上が経過しています。
その間に桜は立派に育ち、近隣では桜の名所となっていました。
この由緒ある桜を損なうことは困ると気象通信所は主張し、桜並木を避けた建物の配置や桜の移植がされることとなりました(※2)

そしてついに昭和52(1977)年、データ処理センターである「気象衛星センター」が開設、気象通信所は廃止に。
同年には、日本初の静止気象衛星(のちに「ひまわり」と命名)が打ち上げられ、日本初の地球画像が取得されました。

昭和54年の様子昭和54年の気象衛星センター

こちらは気象衛星センター開設から間もない昭和54年の空中写真。
海軍の分室だったころと比べると、大きく様変わりしています。
二枚目の空中写真では白い丸だった場所には、気象庁の職員のための官舎などが建てられました。
また、気象衛星センターの左側の大きな空き地は、現在、清瀬市児童センター「ころぽっくる」になっています。
周囲には人家も増え、写真左下には昭和51(1976)年に、清瀬第十小学校が開校しました。

気象通信所の清瀬への移転から70年近く。
地上の「桜」に囲まれた気象衛星センターで、空の「ひまわり」から送られたデータが処理され、今日も日本の気象予報や防災に役立てられています。


気象衛星センターの桜気象衛星センターと桜(気象衛星センター提供)

 (※1) 気象庁 『気象百年史』 昭和50年
(※2) 中村繁「続・静止気象衛星事始め(2)」(『測候事報』53.2 昭和61年)
(※3) 総務部企画課気象衛星室「静止気象衛星事始め(2)」(『測候事報』48 昭和56年)
(※2)と(※3)は、「国土交通省国土交通政策研究所」HPの「気象衛星分野オーラル・ヒストリー」の「参考資料」から読むことができます。
使用した空中写真は国土地理院のホームページ(http://www.gsi.go.jp/ 外部サイトにリンクします)で公開されているものを、サイズ・明るさ調整などの加工を行なったものです。



三十四の巻:「鳥瞰清瀬 第4回 桜並木を語ると思いきや」【平成29年2月27日更新】 

未だ寒さは続きながらも梅の花が咲き、春がもうすぐそこまで来ているのを感じる今日この頃。
2年前の「市史で候」十一の巻では、清瀬の春を代表する柳瀬川沿いの桜並木がいつ、どのようにできたのかをご紹介しました。

ではあらためて、柳瀬川沿いの桜並木が出来た頃と、現在の様子とを空から見比べてみましょう。



昭和50年の様子
↑ 昭和50年        平成19年 ↓

平成19年の様子
県境



右の空中写真の赤い点線は都と県のおおよその境

線より下が東京都清瀬市


上の空中写真が、桜が植えられて間もない昭和50(1975)年
季節が11月ということもありますが、まだまだ桜は成長しておらず、ひらけた川沿いになっています。
不規則に並ぶ長方形は台田団地です。

下の空中写真は、平成19(2007)年の4月の様子。
4月の終わりに撮られたため、残念ながら葉桜ですが、空中写真からもその茂り具合が伺えます。

ところで、この二つの空中写真の間に大きく変わったところがあると思いませんか?
それは桜並木と川を挟んだ反対側。
先の写真の左半分にご注目

そう、平成になってからの写真には大きな池が二つ、黒っぽい水面を見せていますが、昭和50年の写真には影も形もありません。

この二つの池は、皆さんもご存知、金山緑地公園の池と、金山調節池です。
では、この二つはいつできたのでしょうか?

金山緑地公園がオープンしたのは、昭和61(1986)年。
1万8千平方メートルの広さに「武蔵野の風と光」をテーマとして造られました。
住宅都市にふさわしい優れた企画・設計等がほどこされた公園として、昭和63(1988)年には日本公園緑地協会が主催する第4回都市公園等コンクールで「建設事務次官賞」を受賞しています。

一方、金山調節池は昭和を過ぎて、平成6(1994)年に完成。
金山調節池は河川改修工事の一環として、洪水対策を目的として造られました。
柳瀬川と調節池の間は一部が低くなった護岸で仕切られ、柳瀬川が増水すると自然に水が調節池に入るようになっています。
しかし洪水対策のためだけではなく、平時にも役立つよう、池には小さな島があり、島や池の周りには様々な樹木が植えられており、擬木(ぎぼく)で作られた通路は絶好の散歩道となっています。


金山緑地公園金山調節池


実は今回の「市史で候」、作成当初は桜並木のご紹介のために空中写真を見比べていたのです。
ところが、見比べているうちに、桜並木自体よりも池の存在が気になってしまい、金山緑地公園と金山調節池をご紹介する記事になりました。
最初の目的と違うところに発見がある、それもまた調べものの楽しいところ。
 


使用した空中写真は国土地理院のホームページ(http://www.gsi.go.jp/ 外部サイトにリンクします)で
公開されているものに、サイズ・明るさ・角度調整などの加工を行なったものです。
整理番号は昭和50年が「CKT7415-C19A-8」、平成19年が「CKT20071-C31-42」

関連市報記事
昭和59年12月1日号・昭和61年5月1日号・昭和63年11月1日号・平成6年6月1日号





このページに関する問い合わせ先

市史編さん室市史係
郵便番号:204-8511
住所:東京都清瀬市中里5-842 健康センター2階
電話番号(直通):042-497-1813
電話番号(代表):042-492-5111
ファクス番号:042-492-2415

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